医療法人
いぶきクリニック

MDT

Maggot(ウジ虫)治療について

 糖尿病の増加に伴い閉塞性動脈硬化症(ASO=Arteriosclerotic Obliterans 動脈硬化が起こり大きい血管はもとより特に末梢動脈の狭小化をきたす現症)を来たしこのために特に下肢にできた潰瘍が難治性となりこのため往々にして下肢切断に至りQOLを損なうことは決して稀なことではなく今後ますます増加していくものと思われる。これに対する対策は本人の足への意識とここから医療者へ正しい情報提供がなされ早期発見と早期治療へとつながることです。受け止める医療者側は正しくかつ豊富な知識が要求されることは言うまでもありません。
診断法や多くの治療法については他の書にゆずる
(フットケア学会参照 http://footcare.main.jp)としてここではわれわれが取り組んでいるウジ虫治療(MDT)についてお話いたします。

1)ウジ虫治療(MDT)とは
 MDTとは(Maggot Debridement Therapy:マゴット治療 マゴットデブリーメント治療)の略称で、米国で1931年から1940年代の半ばまで感染創に対しては通常用いられていた方法でわが国では最初に岡山大学の三井先生らにより紹介された方法です。実際にはヒロズキンバエの無菌ウジを感染性潰瘍部に置き、壊死組織を食べさせ患部を清浄化し、正常な肉芽組織の再生を促す方法です。
 マゴットによる潰瘍治癒の詳細な機序は不明とされていますが、三井先生らによればウジ虫が多量の分泌液で患部を洗浄し、アルカリ性にすることによって殺菌作用を表し、壊死組織のみを食べることなどが考えられています。ASOなどによる潰瘍治療の中でも外科的治療や抗生物質などでは改善のみられない難治性の患者さんが治療対象とされ、世間を騒がせているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)など抗生物質が効かない細菌にも有効と考えられており、禁忌症例がなく、副作用がないことなどが特徴として挙げられています。しかし、全例が良くなるものでもなく三井先生らも述べているように悪化例も経験することから治療前からその経過中も主治医との間で充分なコミュニケーションを保ちながら治療することが重要と考えられます。

2)血流の評価
 また、全ての症例が巧くゆくとは限らず三井先生らも述べているように悪化例もあります。創傷治療(傷が治る)には最低限の血流が必要でその血流を判断するには下記の方法で判断していますが、ABIで言えば0.6以上、SPPならば40mmHgを最低限とすると言えるかもしれません。
  @足背動脈の触診
  Aドプラー聴診器による動脈音の聴診
  B上肢下肢血圧比(ABPI)
  CSPP(Skin Perfusion Pressure:皮膚還流圧)検査
 しかし、治療が長引く場合にはその経過中にも血流低下のため巧くいかなかった例も経験しています。このように適応症例としては少なくとも禁忌となる例はありませんが高価な治療であるが故に施行前の血流状態の確認、施行前の血流改善、経過中の血流状態の確認を行うことがこの治療の重要な鍵を握っていると思われます。

3)実際の方法
 その1過程は2令幼虫の段階で潰瘍部に置いて使用し、3〜4日後、さなぎになる前の3令幼虫の段階で取り出す。
(充分なdebridement=「汚染組織の除去」をやっておくことが必要です)
  1:創部を生理食塩水で洗浄し、通気性のあるテープで創部を囲う。
  2:創部1平方cmに対し約5〜6匹のマゴットを置く。
  3:マゴットが呼吸し、活動しやすいように中を空洞にしテープで閉じる。
  4:逃げないように隙間をテープで固定する。
  5:マゴットを潰さないため、また浸出液吸収のためにレストンで土台を作る。
  6:これらの上から包帯でゆとりを持たせて巻き、3〜4日後にマゴットをとり
    だす。
 以上を1クールとし交換する。浸出液の付着したガーゼやレストンはアルコールに浸す。マゴットをつぶしてアルコールに浸し密封して共に医療産棄物として処分する。1クール終了時のマゴットは種々細菌にまみれていることから当然「汚いハエ」であり決して一匹たりとも逃すことなく適切な処理を行うことは当然であります。
 治療上、我慢してもらわねばならないことはマゴットに噛み付かれる痛みであります。これには個人差がありますが痛み止めにて我慢してもらう他手がありません。

4)MDTの現状
 海外ではMDTは一般的にも効果が実証され広く浸透している治療法で、すでに保険治療が行われており2006年には50,000人もの人がこの治療を受けています。わが国では一般的に知られることすらなく「ウジ虫」は汚いという固定観念と、保険治療も認められていないのが現状でその必要性、緊急性から考えてわが国でも早急に保険医療とされることが望まれるところです。
 現状では特定医療になることからMDTを開始した時点からそれまでは保険内で行い得ていた化学療法を含めたあらゆる治療や血液検査や細菌培養などの検査が全て自費となり“高価なウジ虫様”を実費で買わねばならず、安価であるべき治療が非常に高くなるという欠点があり治療側としては非常に治療がやり辛く早期に解決を望むところであります。当院でも本人は治療を希望するも、その高価さのために家族の同意が得られず、断念するケースもあり悔しい思いをすることもありました。
(治療費の目安(1回)マゴット代+材料費+手技料、合わせて1万8千円。その他、薬剤費、外科的処置料、入院費用は、別途必要となります)

ヒロズキンバエのライフサイクル
実際に使用する前の「ウジ虫」(小さくみえるもの)
1cur終了した時点での「ウジ虫」でこれ程までに成長しています。
(上下比較して下さい)
 今回、従来行われてきたDebridement、軟膏処置、プロスタグランディン製剤や抗生剤の投与など約3ケ月間治療を行っても改善されずむしろ悪化傾向にあった難治性潰瘍が、マゴット治療によって治癒した貴重な症例の1例を供覧します。
  患者: 68歳 女性
  主訴: 右足部感染性壊疽
  既往歴:66歳時に糖尿病性壊疽によって左下腿切断

@受診時
 拇趾は完全に炭化に陥り足背の約1/2は空洞化しその内腔は一部に肉芽を認めその殆どは白苔にて被われていた。周囲の皮膚は暗紫色を呈し悪臭を放っていた。
A3cur(約10日後)
 拇趾は殆ど自然脱落に近い状態で切断され空洞化表面の肉芽は広がり始め足背の皮膚表面は次第に色調を帯びてくるようになった。 
B5cur(約20日後)
 空洞部分は次第に狭くなり良性の肉芽組織が急速に広がってきた。しかし、感染していた第U趾が次第に炭化してきた。
(マゴットは少しでも感染巣があれば喰らいついてくる) 
C8cur(約1ケ月後)
 第U趾切断
 U趾も食べつくされて小さくなりやがては脱落寸前の状態となったために局所麻酔下に切断した。 
D10−21cur
 空洞化部分はますます狭くなり良性の肉芽組織にて充満されるようになってきた。この時期になるとマゴットは使用せず超酸化水による洗浄とラップ療法のみにての処置となった。 
完成(85日目)
右下肢保全の状態で喜んで帰られました。

しかし、全ての症例がこのようにうまくいくわけではないことは先にも述べたとおりで
す。
1)極めて経験的な意見ですが一回目の食後の状態が苔状になっているのはどういう意味を示しているのかは解りませんが駄目なようです。
2)傷が美味しくないのかどうか一回目に全く食べてなく、マゴットの殆どが成長していない場合があります。
3)まだよく解らないことが多くこれからも多くの症例を積み重ねてより確実な治療法とするべく努力し、保険治療収載への声を上げていきたく考えています。
4)このような症例は稀であって早い処置が必要です。余所で切断せねばならないと言われる前にご相談していただければ良かったのにと思われる例も少なくはありません。
                              いぶきクリニック
                              文責 矢嶋 息吹

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